わたしを離さないで(Never Let Me Go)

レビュー
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2017年のノーベル文学賞に、カズオ・イシグロさんが選ばれました。

おめでとうございます!

偶然にも今年の7月頃に、カズオ・イシグロさんの「わたしを離さないで」を読みました。
カズオ・イシグロさんの本を読むのはその時が初めてでした。
なので、知っている人が選ばれたことはちょっと嬉しかったです。

さてこの本の内容ですが、簡単に言うと、臓器を提供するドナーとして生まれてきた人々の青春物語、のような感じです。

もちろんそれだけではないのですが、それは自分で読んでみてください。

私の感想はというと、私が言うには失礼甚だしいことは承知ですが、正直ちょっとくどいかなと感じました。
途中で読み飽きた感じはありました。
ただ、しっかりと最後まで読ませるのは流石と思いました。

この本は読者に一体何を語りかけているのでしょうか。

私が感じたのは、

どのような境遇に置かれた人にもそれぞれの人生がある。
そしてその使命を一生懸命やり遂げ、一人の人間としての人生を終えましょう。

ということでした。

また、ドナー提供についての問題提起もしているのでしょう。

今は、提供される臓器は死んだ人、あるいは脳死の人からしか提供されません。
もちろん裏社会はあるでしょうが、そこは無視します。

そうすると、健康な臓器というのは明らかに不足するでしょう。
死ぬというのはそれ相応のことがあるわけで、臓器が健康なまま残っているということはあまりないでしょう。
寿命で死ぬ場合は、臓器が年を取り過ぎていてドナーとしての提供は無理でしょう。
脳死もそんなにあるわけではありません。
さらに本人が提供の意思を事前に示していないとダメです。

そうすると、残された方法とは何か。

今はIPS細胞など研究が進んでいることもあり、将来的にはもしかすると人工的に臓器を作ることが可能かもしれません。
しかし、人間の臓器と同じものがそう簡単に作れるでしょうか?

私の考えは否定的です。
少なくとも私が生きているうちにそのようなことが可能になるとは思えません。

我々人間は、宇宙ができて137億年かけてやっと生まれた生命体です。
自然がこれだけ時間をかけて作ったものを、人間が数十年数百年で作れるとは思えません。
正直無理なんじゃないかと思っています。

臓器そのものを作ることはできなくても、臓器となる種のようなものを人間の体に埋め込み、人間の体がそれを臓器として育てる、というのは有り得るのかな、とかは考えますが。

そうすると、「わたしを離さないで」のような、ドナーとしての人を育てるというのは、ひとつの手段なのかも知れません。
ただしそれは人道的には許されないことです。

何も意識がない、自我がない、思考がないような人を育てる、ということも考えられなくはないですが、倫理的にもそれは難しいことでしょう。

興味がある方は、是非とも読んでみてください。

 

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